月花影装メルロード

 

 

序章 前史、破邪銀装ガルディオン 対 大怪人グランドルフ

 

小さい頃、嫌いなヒーローがいた。
 毎週見ていた特撮番組の主役だ。周りの友達たちには大人気だったが、当時からひねくれていたのか、彼は一人そのヒーローを嫌っていた。主役が嫌いにも関わらず、毎回欠かさずその番組を見ていたのは、彼がヒーローにではなく、登場する怪人に憧れていたからだ。
 怪人が悪事を起こすことに憧れていたのではなく、単純にヒーローに無い動作や、能力が好きだった。毎回似たような必殺技を繰り出すヒーローより、よほど魅力的に彼の目には映った。
 友達とヒーローごっこをする時、彼は望んで怪人役を演じた。番組内では怪人はヒーローに成す術なくやられてしまうが、彼が乗り移った怪人は違う。ヒーロー役が繰り出す必殺技の数々を悉くかわし、怪人の能力を駆使し、友達の不評を買いつつも、何人ものヒーローを屠ってきたのだ。実に面倒で可愛げのない子供である。
 高校生になった現在、彼が特撮番組を観ることはほとんど無くなった。たまに偶然テレビに映っていても、眺めるだけで特に感じるモノもない。その度に、「俺って子供の頃の純粋な心をなくしちまったんだな」と一人ごちた。
 子供向け番組などとうに卒業した、と彼自身はっきりとした自覚があった。怪人に、ましてやヒーローにも今更憧れてはいない。
 いないのだが……。
 月彦はリビングのソファーに寝転びながら、ぼんやりとテレビの映像を眺めていた。液晶の中では、一人のヒーローと、一体の怪人が雌雄を決せんとしていた。
 影崎月彦、市内の高校に通う影崎家の長男だ。普段から特に手入れをしていない髪は、寝癖でさらにボサボサで、着ている寝巻き代わりのジャージのだらしなさと相まって、かなりの脱力感を漂わせている。中肉中背で痩せ気味だが、最近二の腕辺りが逞しくなって来た、と周囲に吹聴している。風呂上りに洗面台の鏡に映る自分の顔を見て、「意外といけるんじゃないか」と思うも、しばらく経って見直すと「いややっぱたいしたことないな」と錯覚から覚める。つまり、特に目立つ要素の無い容姿が特徴だ。
 日曜朝の番組構成は、月彦が物心ついてから変化がないように思える。早朝から子供向けのアニメがあり、特撮ヒーローがあり、その後は一週間を振り返るワイドショーがあり……。休日ならではと言えばそれまでだが、彼にとっては退屈極まる内容だ。だから半年前まではテレビの電源すら入れることは無かった。休日の朝といえば、専ら睡眠に充てる為の時間だったのだ。
 休日の正午をまたぐことなく二階の自室から一階に降りて来る、というただそれだけのことが、彼の母親にとっては驚天動地の恐るべき事態であったらしく、「あんた何か悩み事でもあるの?」と半年前は本気で心配された。危うく救急車も呼ばれる所だった。今では、そんな月彦に慣れたのか、茶化すのに飽きたのかは分からないが、彼が背を向けているキッチンで、聞いたこともないでたらめな旋律の鼻歌を口ずさみながら朝食の片付けをしている。
 二つ下の妹は、秋のコンクールがあるとかで、休日だというのに部活で登校している。父親は土日祝関係ない公務に就いており、本日は出勤日であった。
 二人しかいない影崎家の朝は、静かで、実に穏やかだった。窓から差し込む陽光は、朝の柔らかさから、まだ夏の余韻を残した濃い日差しに変わりつつある。月彦はその日溜りの中で、体を反りながら腕を伸ばし、大きな欠伸を漏らした。
 こんな時間がいつまでも続けばいいのに、と月彦は毎週同じように考える。だが、彼は知っている。平穏など長くは続かない。特に、こんな天気が良過ぎる日曜日は。
 俄かにテレビが騒がしくなった。月彦が画面に視線を戻すと、今まさに巨大な悪が滅びる瞬間が映し出されていた。幼い頃に、テレビに釘付けになって見ていた特撮の再放送だ。タイトルは「破邪銀装! ガルディオン!」。当時の子ども達は、月彦も含めて、それはもうこの番組に夢中になっていたのだ。特にこの最終回は良く覚えている。
 最後の決戦に敗れ去った怪人の姿が、猛々しく燃え上がる火炎に呑み込まれた。それを見届けて、ガルディオンは踵を返す。悪は必ず滅びる。それはどうやら、舞台が地球であれ銀河であれ、変わることはないらしい。
 不意に、決戦の場から立ち去ろうとしていたガルディオンの足が止まった。
 その視線の先には、一人の幼い少女が立ち尽くしていた。銀髪が熱気に煽られ赤く輝き、その隙間から小さな青い瞳が覗く。その視線はじっと決戦の勝者に注がれていた。あどけない可愛らしい顔は表情をなくし、青ざめている。
 ガルディオンは少女の前にしゃがみ、優しげにその髪を撫でた。少女は顔を小さくほころばせ、ガルディオンの胸に身体を預けた。
「こうして、見事ガルディオンは、銀河の平和と一人の少女の笑顔を守ったのだ」
 ナレーションが響き、エンディングテーマが流れ始める。
「しかし、大怪人グランドルフが倒れても、この銀河から悪の火種が消えない限り、彼の戦いは終らない! 頑張れ! 僕らのヒーロー! 負けるな! 破邪銀装ガルディオン!」
 今思えば、異質な番組だった、と月彦は軽い回想に浸った。まず、日本製のヒーローであれば、当然のように日本が舞台になる事が多い。だが、物語の舞台は日本どころか地球上ですらない。地球などという単語は番組中一回も出てこない。それほど遥か彼方で繰り広げられた物語なのだ。
 毎回、ヒーローであるところのガルディオンが、様々な惑星を訪れ、怪人を成敗し、最終的にラスボスであるところのグランドルフを倒すという、内容自体はシンプルなものなのだが、その舞台となる異星のセットが毎週毎週恐るべき緻密さで作られていた。怪人の着ぐるみも、まるで生きているかのような生々しさで、演技も真に迫っていた。
 その映像のリアルさは見事に子ども達の心を捉え、大人の好事家達にもすこぶる評判は良かったらしい。グッズも売れに売れ、社会現象と呼ばれるまでになったくらいだ。勿論、彼が親にねだって買ってもらったのは、嫌いなガルディオンの人形ではなく、悪の親玉グランドルフを模ったものだったが。
 この番組の製作者はこの視聴者の反応に笑いが止まらなかったに違いない。その思惑のほとんどは遂げられたはずだからだ。
 しかし、只一つ、誤算を挙げるとするならば、真実を切り出したドキュメンタリーのつもりが、物凄く出来の良い特撮として受け止められてしまっていたこと、なのだろう。
 回想に浸っている間に、少しまどろんでしまっていたらしい。番組は切り替わり、ワイドショーが始まる所であった。番組の冒頭として、様々なニュースのヘッドラインが画面に並んでいる。
 政治の動向。世界の形勢。殺人事件の顛末。スポーツでの快挙。芸能人の痴話。月彦にとってはどれも取るに足らない見出しだったが、一つだけ彼が目当てにしていた記事があった。どうやら今日はその記事から紹介していくらしい。
 記事のタイトルは『今週の黒陽市』。全国版の報道番組にしては限定されたタイトルだった。
 黒陽市。影崎家が築一〇年のマイホームを構えるこの都市は、南に海を抱き、北に山脈を背負う人口約十五万の地方都市。湾岸に化学コンビーナートが立ち並ぶ工場の街だ。だが、ただそれだけで、特に全国に鳴り響く程の有名な名所や名産は無い。いや、半年前までは無かった。
『クックック……、ぬるま湯の如き仮初の平穏に堕落した、愚かな黒陽市民共』
 突如、リビングにいかにも芝居がかった報道番組にそぐわぬ台詞が響いた。月彦がチャンネルを変えたわけではない。あくまで、実際に起こった出来事を、テレビカメラが納めたものを編集した物である。
『あ、現れました! 現在時刻は午前5時32分! 予告より30分送れて怪人が現れました!』
 女性リポーターが興奮を隠しきれずに叫ぶ。彼女が指し示すビルの屋上に、漆黒の怪人がまだ暗い蒼天を背に佇んでいた。
『貴様らが、朝日と共に目覚めることは二度とない! 永遠に絶望の闇に沈むがいい!』
 朗々と吼え、怪人の体躯が宙に舞う。リポーターが息を呑んだ。屋上から地上まで、三〇メートルはある。只の変人であれば単なる自殺行為でしかない。
 だが、怪人はそのまま足から着地した。衝撃がアスファルトを砕き、破片と轟音を撒き散らす。リポーターは目の前に広がる惨状に悲鳴を上げたが、大地に足をめりこませた当の怪人は、平然と仁王立ちしていた。すかさずその姿を、カメラが鮮明に捉える。
『グ、グランドルフです! またも黒陽市に怪人グランドルフが現れましたぁぁぁぁぁ!!!』
 姿形こそ人間と同じだが、見上げる程の巨体はおそらく二メートルを越すだろう。筋骨隆々としたその肉体はそれだけで見る者を圧倒する迫力があった。
 そして何より、眼窩に紅光揺らめく鬼の髑髏にも似た貌に目を奪われる。黒い外皮に覆われた巨躯に浮かび上がる不気味な白い面は、人々の心に恐怖と共に鮮烈に刻みこまれていた。
 この異形こそ、銀河に連なる星々を蹂躙し、悪名を轟かせた伝説の大怪人、グランドルフであった。
 半年前、何の前触れもなく登場した正真正銘の怪人により、ごく普通の影の薄い地方都市であった黒陽市は、全世界の注目を浴びることになった。世界に横たわっていた普遍的な常識を一切無視したこの怪人は、文字通り、フィクションをリアルに変えたのだ。
 物理法則に見合わない出鱈目な身体能力と、銃弾や高熱等あらゆる攻撃を受け付けない桁違いの頑強さ、そして科学者たちが検証を放棄した証明不能の技術理論。まさにテレビの中に存在していた特撮怪人が画面をぶち破って這い出して来た、人類にとって悪夢そのものとも呼べる存在であった。
 日本政府どころか、世界各国がコンタクトを取ろうと、躍起になって怪人を調べているらしいが、未だにその正体は謎に包まれている。
 十年以上前の特撮番組が再放送されているのはその為だ。
 黒陽市に現れた怪人グランドルフは、「破邪銀装ガルディオン」に登場する同名の怪人と酷似していた。当初こそ、怪人の正体が単純にその特撮の熱狂的なファンなのだろうと揶揄されていたが、最近になって製作会社からある事実が判明した。
『監督・役者・撮影スタッフのその全てが架空の存在で、製作に関わった人物全員の正体が不明』というものである。つまり、公共の電波で何故か、一年間も誰が作ったのかも分からない謎の番組を放送していた、という事実だ。
 この件が発覚して以来、謎が謎を呼ぶ展開に、世論はさらにヒートアップしていくことになる。
 怪人が引き起こす連日の事件群も、場所が黒陽市に限られている、というだけで一貫性が見られず、出現した目的も謎のままだ。だから、『黒陽市自体に、なにか重大な秘密がある』というのが世論の結論になりつつあった。しかし『秘密』の部分については様々な憶測が飛び交い、過去の黒陽市に対する怨恨説、秘宝財宝か或いは古代の怪獣が眠っている説、呪術的要素が強い立地で黒陽市に混乱をもたらすことで巨大な魔術を行おうとしている説……等々枚挙にいとまが無い。
 怪人について、熱に浮かされたように意見を交わす人々を見る度に、月彦は申し訳ない気分になる。もし怪人の真意を知れば、世界が呆気に取られるだろう。恐らく、これからも人類に明かされることはないに違いない、ただ一人を除いては。
『待ちなさい!』
 怪人が今まさに動き出そうとしたその瞬間、凛とした声が夜明けの空を切り裂いた。
『怪人グランドルフ! 貴方の悪業もここまでです!』

新たに現れた闖入者を探して映像が踊る。そして、カメラが映し出した人影は、やはりと言うべきだろうか、予想通りビルの屋上から怪人を見下ろしていた。闇に溶け込むような黒い怪人とは対照的に、その姿は燃える暁の如く眩く輝いている。
『やはり、怪人を追い今回も現れました』
 プロ根性からか、レポーターが幾分冷静さを取り戻し実況を再開した。
『黒陽市に迫る闇を祓う閃光! 黒陽市の守護者、メルロードが登場しました!』
『とう!』
 レポーターの名乗りに応え、颯爽とメルロードが飛び出した。その姿は一条の光と化し、天を駆ける彗星のように美しかった。しかし、落下ルートの障害物を計算に入れていなかったらしく、飛び出していた鋼鉄製の看板に直撃し、思い切りバランスを崩してしまう。そしてそのまま体勢を立て直すこともままならず、無様に頭から着地する。再びアスファルトが爆ぜ、轟音が空気を震わせたが、やがて、その後には重い重い沈黙の幕が下りた。メルロードは顔面を地面に半ば埋めたまま、動かない。怪人もそれを眺めたまま、何故か硬直していた。
『……え、えーと……』
 対応に窮したリポーターが、助けを求めてカメラに目を向けた。その何とも言えない表情に、月彦は溜息をついた。
「正義の味方が、よりによって登場シーンで躓くんじゃねぇよ……」
『つ、月彦さん!』
 狼狽した声が背中越しに月彦の名を呼んだ。
 リビングに現れたのは、判りやすく形容するならば、鋼鉄の鎧人形であった。
『ひどいです! 今週だけは見ないで下さい、ってあれだけお願いしたのに!』
 鎧人形は、その鈍重そうな姿とは裏腹に、残像すら残す滑らかな動きで月彦に食ってかかった。頭部は西洋鎧のフルフェイスヘルメットを思わせる意匠だが、何故か獣の耳のような突起が二つ並んでいる。目に当たる部分が赤く明滅しているが、どうやら月彦を睨み付けているようだ。だが、感情のこもらない機械の瞳では何の効果ももたらさなかった。
 全身を覆う銀色は、良く観察すれば幾重にも重ね合わされた金属質のプレートであることが判る。一見動き辛そうだが、装着者の動きに合わせて驚くべき柔軟さでプレートが伸縮している。まるでその下にある筋肉の脈動さえ読み取れるようだ。
 およそ日本の一般家庭には相応しくない衣装である。しかし、月彦は鎧人形に特に関心を払わず、キッチンの母親にも驚いた様子はない。
 ——影崎家の日常と化した、ひいては黒陽市の現状の縮図ともいえる光景であった。鎧人形の名はメルロード。黒陽市の平和を怪人から守り続ける、正真正銘、銀河公認のヒーローである。それと同時に、影崎家に身を寄せる宇宙からの居候でもあった。
「ああ。悪ぃ。全く聞く気が無かった」
『全く悪いと思ってませんよね!?』
 悪びれた様子のない月彦に、メルロードが噛み付く。確かに、この正義の味方は先週から『今週の報道番組は見ないで下さい!』と度々懇願し、影崎家のチャンネル操作に厳戒な規制(常時テレビの前で待機)を敷いていた。
「忠告しておいてやるが、俺に『見るな』と頼むのは『見てくれ』と言ってるようなもんだ」
『え!? そ、そうなんですか?』
「ああ」
『じゃあ、逆に『見て下さい』ってお願いすれば『見ない』ってことですね?』
「浅はかだな」
 月彦は大げさに頭を振ってみせ、
「俺はお前が嫌がる顔が見たいだけだ。『見ろ』と言われたら『見る』に決まってんだろ」
『うう、なんでそんな意地悪するんですか……』
 メルロードが、涙声を漏らしてがっくりと肩を落とす。腰から伸びている尻尾がへたりとうなだれた。
 テレビの中では、復活したメルロードが漆黒の怪人と入れ替わりに出現した四本腕の赤い怪人と激闘を繰り広げている最中だった。高速で縦横無尽に襲い掛かる四肢を、難なく捌ききるその動きは人間業ではない。目の前にいる情けないヒーローの姿だとはとても思えなかった。
「それに、お前この日寝坊したろ」
『え……!? な……、ど、どどどどどうしてそれを!?』
 月彦の指摘に、メルロードがあたふたと両手を上下させる。慌てふためき青ざめる顔が、ヘルメットの上からでも容易に想像できた。
「怪人の襲撃予告時間の五時に、お前まだ自分の部屋で寝てたじゃねぇか」
『そ、その、それは……』
「なんで怪人側が親切に襲撃場所と時刻を予告してんのに、ヒーロー側が遅刻してくんだよ」
『で、でも! グランドルフも三〇分遅刻してるじゃ……』
「……は?」
 今まで無気力にだらけていた月彦の声色に、急に険悪な熱が篭もった。それに気づき、メルロードがハッと口ごもる。
「ほう、敵が偶然遅れたんだから、結果的に自分が遅れても別にいいじゃないか、とそう言いたいんだな?」
『い、いやそういうわけでは……』
「敵は無差別に街を破壊する危険な連中なのに、その敵を三〇分放置する可能性があったにも関わらず」
『あ、あの……』
「予告時間より前に現地に到着して、事前に、地形や罠の有無の確認とか、あわよくば怪人に先手を打つ準備とか、やるべきことはあるんじゃないですかねぇ」
『……すいません……』
 堰を切ったかのような絶え間ない月彦の口撃に、反論を試みる意思すら折られたらしく、メルロードがしょんぼりと頭を下げた。その叱られた犬のような姿に、月彦は少し溜飲を下げた。
「……まぁ、別に俺はお前の上官とかじゃないんだから、怒る資格なんてないけどな」
『いえ、そんな事はありません。月彦さんの容赦のない胸を抉るような辛辣な言葉は、いつも私の目を覚ましてくれます』
「……」
 皮肉とも取れる言葉遣いだが、心の底から感謝しているらしいので月彦はそれを聞き流すことにした。良くも悪くも思った事を正直に口に出す事を、半年間の付き合いで把握していた。正義の味方らしく、嘘はつけず、馬鹿がつくほど生真面目な性格なのだ。
「それにしても、朝っぱらから着装とは、今日は随分張り切ってんな」
『特訓をしていましたので。先ほど綴(つづり)さんを学校に送って来ましたし』
「……ほんとに仲良いよな、お前ら」
 綴とは、月彦の二つ下の妹である。影崎家への居候を始めて早半年、メルロードと月彦の妹は見ていてむず痒くなる程に仲が良い。最近では一緒に風呂に入っていたり、寝たりしている。妹はメルロードに勉強も教えてもらっており、
「正義の味方が、うちの妹に何教えてんだよ」
と尋ねた月彦に、メルロードは嬉しそうに
『国語と英語です。いやー、綴さんは飲み込みが早くて教えがいがありますね』
と答えた。それを聞いた時の自分は相当苦い顔をしていただろう、と月彦は思う。何が悲しくて宇宙人に母国語と外国語を習わなければならないのだ、と。ただ、本当に効果はあったらしく、妹の成績が上がった事を母親は手放しで喜んでいた。月彦への家庭教師計画も進められていたが、彼は断固拒否した。
「実の兄が言うのも何だが、本当の姉妹みたいだな」
『そ、そうですか?』
 月彦の言葉が嬉しかったのか、メルロードは後頭部を手で掻き、尻尾をパタパタとはためかせた。どうやら照れているらしい。
『私も妹が出来たみたいでとても嬉しかったんです。綴さんは可愛いですし』
「……うちの妹が可愛いからって、風呂とか布団の中で変なコトするんじゃねぇぞ」
「変なコト?」
 メルロードは首をかしげ、
『お風呂では背中を流してもらったり、布団の中でお話を少しさせてもらっていますけど……。すいません、今まで私こんな経験が無かったので何が変なコトなのかさっぱり……』
「いや、すまん。何でもなかった」
 二人の楽しげな入浴シーンが頭をよぎり、月彦はその肌色な妄想を慌てて振り払った。ゴホン、とわざとらしく空咳をして、話題を横滑りさせる。
「そう言えば、特訓って何だ? 訓練ならいつもやってんだろ?」
『はい。通常の訓練とは別に、自主的に特訓を』
「何のだ?」
『月彦さんが言われた通り、さすがに私も先週の失敗には落ち込んでしまったので……』
 言って、メルロードの視線がテレビに向く。その視線を月彦が追うと、ちょうどメルロードと四つ腕の怪人との激闘に終止符が打たれた瞬間だった。
 怪人の猛攻を掻い潜り、メルロードの放った正拳が怪人を吹き飛ばした。すかさず追撃するメルロードに、怪人が苦し紛れに怪腕を振るう。しかし、メルロードは事も無げにそれを弾き返すと、怪人の胴に膝蹴りを叩き込み、宙に浮いたその顎を跳ね上げた踵で蹴り砕いた。
 成す術なく、木っ端のように暁の空に放り出される怪人へ向け、メルロードが大地を蹴った。その手にはいつの間にか一振りの刀剣が握られている。朝焼けを受け輝く刀身は、音も無く、太陽の光の軌跡を怪人に描いた。
 着地したメルロードの背中で、縦に二つに割られた怪人が悲鳴を上げる暇(いとま)すらなく爆散した。光の粒子が、爆音の余韻と共に空中に溶けていく。 
 ……相変わらず、正攻法の戦闘は化け物染みて強ーな……、と月彦は苦々しい気分でそれを眺めた。
『寝坊した上に遅刻して、慌てていたとは言え、あの登場は言い訳のしようがない大失態です』
「まぁ、そうだろうな」
『ですから!』
 メルロードは拳をぐっと、顔の前で握り締め、
『今日は明け方から、市内のあらゆるビルから飛び降りて来ました!』
「……は?」
 自信満々にそう言ったメルロードを、月彦は思わずポカンと見上げた。呆気に取られたその耳に、VTRの放映を終えスタジオに戻ったらしいテレビの音声が響いた。
『なお、本日未明から黒陽市の各所にメルロードが出現した模様です。複数の目撃者の証言によると、ビルやマンションなどの屋上から身を投げる姿が何度も目撃されており——』
『加えて、背中や頭から落ちた場合も想定して特訓して来ました。これでどんな状況にも対応できます!』
「…………そりゃ、良かったな」
 「ビルの上から飛び降りる」という限定された状況が、果たして「どんな状況」にも当てはまるのか、月彦には甚だ疑問だったが、それをメルロードに説明して納得させるには、凄まじい労力が必要そうだったので、やめておいた。その役目は俺ではないからだ、決して面倒だからではない、と自分に言い聞かせておく。
『それでは、私は汗を流して来ますね。今日の戦闘に備えて少し休憩しないと』
「ん、ああ、そ、そうだな。お疲れ、メルムル」
 瞬間、メルロードの姿が歪む。まるで糸で編まれていたかのように、その全身を包んでいた銀の装甲が解け始めたのだ。瞬く間に鋼の光沢が失せ、換わりに柔らかな白肌が息吹いていく。
 消失したフルフェイスヘルメットから鮮やかな銀髪が覗き、微風を受けてそよいだ。くるくると癖のある巻き毛は動き易そうに切り揃えられ、その下に凛々しげな眉、そして性格をそのまま顕したかのように生真面目そうで大きな青い瞳が、月彦を見つめていた。
 黒陽市の守護者、メルロードが存在していた場所に現れたのは、一人の少女であった。年齢は恐らく月彦と同じくらい、もしくは若干上なのだろう。しかし、その容姿は彼の周囲の同世代とは大きくかけ離れており、月彦は特に、敢えて、言及することはないが、浮世離れした可憐さであった。すらりと伸びる白い手足も、激しい訓練や戦闘ゆえに引き締まっており、儚げな姿とは裏腹に、身体の芯に力強さを感じさせる。ちなみに尻尾はない。
 重厚な装甲の下では水着のような薄い素材のスーツを着ているらしく、装甲を解いた時の彼女はいつも半裸と言って良い状態だった。その度に一応は思春期のど真ん中にいる月彦は目のやり場に困るのだが、当の本人は戦闘の失敗は顔から火を出して恥ずかしがる癖に、着衣の面積に対する羞恥心は持ち合わせていないらしい。宇宙人は全員そうなのか、と一度他の知り合いの宇宙人に疑問をぶつけてみたが、「そんなわけあるか」と渋面を月彦に向けたので、彼女に限って、ということらしい。
 メルムル、とはメルロードという装甲に隠された彼女の本名である。その名で彼女を呼ぶのは、彼女の上司と仲間、そしてその正体を知る月彦とその家族たちだけだった。
「じゃあ、月彦さん、また後で。恵美さん、シャワーをお借りしますね」
「お、おう」
 そんな月彦の思考をよそにメルムルは軽く会釈をしてから、リビングを後にした。背中から「メルちゃん、別に断らなくてもいいのよ? 気にしないで使ってね」と母親が機嫌よく答えているのが聞こえた。ちなみに、言うまでも無く恵美とは、月彦の母親ことだ。
「……はぁ」
 リビングの空気が、熱を失ったかのように静かになった。月彦は無言のままで、テレビの無機質な音声だけが、ただ垂れ流されている。
 時計に視線を送ると十時を回っていた。それを見て、月彦はやれやれとソファーから立ち上がった。
「……俺も準備はしねーとな」
 そう呟くと、月彦は心底気が向かないといった様子で、二階の自室へと向かった。
 階段を登ろうと手摺を握った所で、だらしなく着ていたジャージがさらに乱れた。露になった月彦の肩先から黒い光沢が零れ落ちる。肩に嵌められているその黒片は、薄暗い照明の下で、不気味な異彩を放っていた。

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 自分の部屋に戻ると、月彦はドアを閉め後ろ手に鍵をかけた。二、三度ノブをひねり開かないことを確認する。
 本人の性格を表しているのか、お世辞にも綺麗に整頓されているとは言い難い部屋だった。長方形の部屋の長辺にベッドがあり、対面には本棚、ベッドの足側に勉強机が置かれている。床には脱ぎっ放しの制服や読みっ放しの雑誌が適当に投げ出されており、床が見えている場所が彼の足の踏み場しかないような状態だ。たまに何かに取り憑かれるかのように掃除に挑み、徹底的に部屋を整理するのだが、何でも「片付けない」性格のせいで綺麗な状態は一週間と保たない。
 雑多な部屋の印象とは異なり、壁に作りつけてある本棚には分厚い本がびっしりと詰め込まれている。整然と、一分の隙もなく並べられている本の背のタイトルを読み取れば、歴史学の書籍であることが読み取れる。その分野は広く、日本に限らず、中華、西欧、北南米の近代史から、各地の古代文明まで、世界各地の多岐に渡る歴史がその本棚に収まっていた。
 月彦によるものではなく、彼の父親が趣味が高じて集めた蔵書の一部である。息子が立派な本棚を全く活用していないので、父親が間借りをしている形になっている。父親の書斎にはまだこれ以上の蔵書が眠っており、「いつか家がつぶれるわね」と趣味自体には好意的なものの、母親はいつも困ったように笑顔を浮かべている。月彦もたまに手に取ってみるが、高校の歴史の教科書に載っている知識程度では、情報の密度が違い過ぎて、文字で何が書いてあるか判っても、理解が追い付かない場合が多かった。
 本棚の一角だけ、月彦が使っているスペースがあった。テレビが小さいながらも枠からはみ出して本棚に鎮座している。その横で黒い人形が無造作に転がって月彦に足の裏を向けていた。
 月彦はベッドに腰掛け、傍らにあったリモコンでテレビを操作した。電源が入り、薄っすらと画面に明かりが灯り、デジタルの砂嵐が映し出された。月彦は画面が十二チャンネルであることを確認し、一チャンネルに切り替える。しかし、画面に変化はなく相変わらず灰色の光に占領されていた。テレビの背面からは電源コードしか伸びていない。アンテナに繋がっていないこのテレビには砂嵐を流すことしかできないのだ。
 だが、月彦は構う事無くチャンネルを次々とめくっていった。一チャンネルから順に二、三チャンネルと続けていく。やがて、再び十二チャンネルにたどり着いたその時、変化が訪れた。プッと小さなノイズ音、砂嵐が途切れ画面がブラックアウトする。
 暗転は一瞬だった。
『設立から六〇〇〇年、銀河連邦の歴史の語ることは、怪人との戦いの歴史を語ることを意味する』
 テレビが、重々しく、言葉を吐き出した。
『無限に広がる宇宙、そしてそこに住まう同胞たち。孤独であった我々は互いの存在に気づき、手を取り合い、未開の闇を次々と開拓していった。だが、闇を払うことで生まれる闇も、また存在した。後に怪人と呼ばれる悪の権化が、無力な惑星を次々と蹂躙し始めたのである。それに苦慮した星々の首脳は総力を結集し、怪人の対抗組織銀河連邦を設立した』
 壮大でとんでもないスケールの語りだが、月彦は半眼でつまらなそうに眺めている。この語りは子どもの頃から耳にタコが出来るほど聞いているのだ。この語りが終れば、『破邪銀装ガルディオン』のオープニング曲が流れる。
『有史以来、何人もの強大な怪人が銀河を震撼させ、その度に連邦が生んだ英雄がその眼前に立ちはだかった。戦いは熾烈を極め、長きに渡り停滞していたが、渦巻く混沌をもたらす存在が現れた』
 暗い画面が、さらにその闇の深度を下げた。
『大怪人グランドルフと、ビルギリムの登場である。この希代の二体の怪人は、恐るべき速度でお互いに勢力を伸ばし、銀河を血で染め上げていった』
 グランドルフの白い鬼相と、ビルギリムと呼ばれた紅のマスクが浮かび上がる。グランドルフの姿は、先ほどのニュースと寸分違わない造形だ。
『お互いの存在が障害になると判断した二体の怪人は、惑星グジュラにてついに激突する。惑星を崩壊させる程の決闘は、グランドルフの勝利に終わった。グランドルフはビルゲリムの勢力をも取り込み、怪人船団と呼ばれる最悪の脅威が誕生することとなる。銀河が暗黒に飲み込まれるのは時間の問題となった————だが!』

淡々と銀河の歴史を読み上げていたナレーターの声が急に熱を帯びる。語りも終盤に入り、勇壮な前奏が重なり始めた。
『宇宙は同時に一人のヒーローも生み出していた! その名もガルディオン! この物語は、大怪人グランドルフを打倒せんと立ち上がった、若き銀河の守護者の物語である!』
 画面に光が差し込み、白銀のヒーローが照らし出された。多少細部のデザインが異なるものの、こちらはメルロードの装甲とほぼ一致している。
 いかにも戦意を鼓舞するかのようなオープニング曲が流れ始める。これが『破邪銀装ガルディオン』のお決まりの流れなのだ。
「おはよう、月彦君」
 不意に、低い男の声が響いた。
「ご機嫌はどうだね?」
「……あんまり良くはねぇな」
 突然呼びかけられた事に驚く事もなく、月彦は気のない返事をした。
「それは困るな。任務には最高の状態で臨んでもらいたいんだが」
「日曜日の朝ってのは、だるいもんなんだよ。具体的に言えば月曜日の次くらいにだるい」
「ふむ……。地球人(きみたち)の日付に対する概念は良く分からないが、そういうバイオリズムが存在するということか。覚えておこう」
 月彦の言葉に、声が鷹揚に答えた。
「それより、私を起こしてくれると助かるんだがね。君の姿が見えない」
「……はいはい」
 月彦は立ち上がると、テレビの横に転がっていたグランドルフの人形を手に取った。人形は子ども向けの玩具らしく、雑で安価な造りだったが、購入から十数年経っているにも関わらず、傷一つ見当たらない。
 人形を本棚に立たせてから、月彦はその人形の視界に入るようにベッドに座り直した。
「改めて、おはよう、月彦君」
 人形が、親しげに月彦に話しかけた。
「今起きたのかね」
「いや、もう二時間は経ってる」
「ならば、顔くらい洗ったらどうだろう。それに、こちらに来る前に着替えた方がいいな」
「そんなのどうでも」
「良くないぞ、月彦君」
 うんざりとした月彦の文句を遮り、人形が嗜める。
「さっきも言ったが、任務には最高の状態で臨むべきだ。それは体調だけでなく、服装にも言える。気持ちを切り替える為にも、活動し易い服装に着替えることは重要だ。その寝姿のままでは、脳も完全に覚醒せず、本来の判断力を損なうだろうな。いつも言っているが」
「判りましたー。すいませんでしたー」
 いつまでも続きそうな人形の説教を、今度は月彦が遮った。憮然として立ち上がると、床に広がっている服から、比較的綺麗なモノを適当に拾い始める。その姿を眺めながら、人形は呆れたように、
「相変わらず統一感の無い部屋だな。少しは整理したらどうだ」
「うるせぇ。大怪人様は黙ってろ」
「私は怪人などではない」
 月彦の言葉に、声がムッとした口調になる。
「こんな姿で君に話しかけるのは、甚だ不本意だ。出来ることならすぐにでも、等身大のガルディオンスーツレプリカを贈呈したいんだが」
「はいはい」
 そんなもん置かれてたまるか、と思いつつ月彦はジャージをのろのろと脱いで、ジャージの上下をベッドの上に放り出した。見繕っていたTシャツの袖に腕を通し、短パンを腰に引き上げる。
「良し、着替えたぞ。これでいいだろ」
「……余り変化が無いように思うのだが」
「まだ外も暑いし、どこもこんなもんだろ。いいから、行こうぜ」
「……仕方ないな」
 これ以上諭しても無駄だと悟ったのか、声が大げさに溜息をついた。
「では目を閉じろ。いつも通りにな」
「了解」
 月彦が軽い調子で頷き目を閉じた瞬間、ざわり、と周囲の空気が劇的に変化した。生ぬるかった空気が、急にひんやりと月彦の肌を撫でる。身体を預けていたベッドが消失し、月彦はバランスを崩し盛大に尻餅をついた。
「……しまった、ぼけっとしちまった」
 打ってしまった腰の痛みに顔をしかめながら、月彦は立ち上がった。
 辺りを見回して、彼は自分がいつもの場所にいる事を確認する。
 彼が立っているのは、複雑な幾何学模様が壁に描かれた正方形の部屋だった。雑多であった月彦の部屋の残滓は欠片もなく、青く冷たい金属質の床の上に、彼だけが一人ぽつんと取り残されていた。
 月彦が前に踏み出すと、その先の壁がするすると左右に口を開けた。無音の空間に、月彦の裸足の足音がぺたぺたと響く。
 月彦が壁をくぐり抜けると、そこには異様な光景が広がっていた。
 奥に広がる細長い空間の左右から、無数の視線が月彦に注がれている。
「何回来ても、慣れないもんだな……」
 息苦しさを感じながら月彦は歩みを進めて行く。
 彼の行く手に並んでいたのは、数々の異形の姿であった。全身が鋭利な鋼刃で覆われた4つ足の獣から、極彩色の花々をいたる所に咲かせた植物まで、生物・植物・鉱物、大小様々な怪物が、今にも月彦に牙を剥かんと、瞳をぎらつかせて息を潜めている。そこらのお化け屋敷が、裸足で逃げ出すような威圧感が漂っていた。
 その怪物の事を、人々は畏怖と好奇の意を込めて、怪人、と呼んでいる。
 怪人の群れを抜けると、唐突に部屋の壁が現れた。壁には巨大なモニターがはめ込まれ、その前には大量の計器やコンソールがせわしなく点滅している。
 その横でごそごそと動く白い背中を見つけ、月彦は立ち止まった。
「おっす」
 月彦の声に、ピタリと背中が動きを止めた。
「何だ、月彦か」
 声をかけられた人影は、そっけない返事と共に立ち上がり、月彦へと向き直った。
「何か、用?」
「何か、じゃないだろ。今日は日曜だろーが」
「あら、そうだっけ」
 噛み付くような月彦にあっけらかんと答えたのは、白衣を纏った長身の女性だった。眼鏡をずらし、眠たげに目を擦っている。
「最近寝て無くってねー。それにずっと日も差さない地下に篭もってるわけじゃない? なんかもう時間の感覚が完全に麻痺しちゃって。今、何時なの?」
「は? ……えーと、だな」
 月彦はいつも持ち歩いているはずの携帯電話を探して、身体中をまさぐった。だが、見つからない。月彦が答えあぐねていると、急に壁のモニターが光を放った。
「日本時刻で一〇時三四分一三秒から一四秒だ、ガザリー」
 現れた鋼鉄の仮面が、月彦と部屋で会話を交わしていた男の声で、ゆっくりと時刻を告げた。
「ありがとう。貴方とも一週間ぶりかしら?」
「確かに、そうだな。何度も通信を送ったんだが、君はこちらの呼び出しには全く応じないからな」
「いやー、忙しくって」
 乱れきった深紅の長髪を指で弄びながら、ガザリーと呼ばれた女性は悪戯っぽく笑った。月彦の目から見ても、大人の艶やかさを感じさせる美貌の持ち主だが、その表情は無邪気な子どものようだ。
「さぼってるわけじゃないんだしさー。こうやって頑張ってお仕事してる結果なんだから、ちょっとは大目に見てよ」
「仕事に専念するのは結構なんだが、定時報告くらいはしてくれないか」
 子どもじみた言い訳を繰り出す彼女に対して、仮面の男は大人の姿勢を崩さない。
「貴方も頭かったいわね。柔軟な思考力を養わないと、戦場で生き残れないわよ?」
「確かに、君のその意見には同意する。だが、私が今言及しているのは揺るぐべきではない規律についてだ。規律が厳守されない組織ほど脆いものはない。つまりだな、さっきから月彦君にも言っているが、こういった気の緩みが後々重大な事態を招きかねないんだ。君は銀河連邦への貢献の大きさからある程度の自由は許されてはいるが、最低限のルールは」
「あー、はいはい。分かりました、すいませんでしたー」
 放っておけばどこまでも続きそうな説教を、ガザリーが風船のように軽い謝罪で遮った。その隣で、月彦がうんざりした顔をしている。
「元・銀河の守護者相手に、ルールや規律で討論するつもりはないわ」
「うちの学校にもいるんだよなぁ。歩く生徒手帳みたいな教頭が」
「昔から口開くと説教しか垂れ流さないのよねー」
「そういえば、毎週怪人倒す前と、倒した後の口上が長かったよな。子ども向け番組なのに、戦闘シーンより長いって力の入れ所がおかしいだろ」
「褒め言葉と受け取っておこう」
 タッグを組んだ月彦とガザリーの皮肉を、仮面の男はさらりと受け流した。
「一線を退いたとは言え、私の信念に変わりは無い。ガルディオンの名の下に、後継者を育て上げるのが私の務めだ。口煩いと思われれば本望だな」
 元・銀河の守護者ガルディオンが全身から自信を漲らせて、そう言い切った。画面越しですら、歴戦の勇者の気迫がにじみ出てくるようだ。
 「信念」という言葉を信奉しているガルディオンは、軽口程度では全く揺るがない。その事を重々承知している二人は顔を見合わせ、さっさと白旗を振ることにした。
「時間が勿体無いわ。月彦が来たんだからさっさと始めましょ」
「そーだな。やる気があるうちに片付けようぜ」
「全く……調子がいいな。まぁいい」
 ガルディオンが、気を取り直すように居住いを正し、高々に宣言した。
「これより、怪人影崎月彦による、第二二次メルロード対怪人戦技指導を行う!」

 

 

 

 

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